(ひよどりがわなにかかってるぞ)
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
「おーい、ひよどりがわなにかかってるぞ。」
幸夫は女の子の一団のほうへ叫んだ。すると、あき子たちは川縁の細い道を駆けて、洪作たちのところへやって来た。女の子供たちはすぐわなを取り巻いた。①あき子も息をつめたような表情で、ひよどりの骸を見守っていた。幸夫は体を折り曲げると、ひよどりの死体をわなから取り外す作業に取りかかった。やがて幸夫は締め木を取り除いて、ひよどりの死体を手にすると、それに目を当てながら立ち上がった。
「バタン、キュウッ」
幸夫はそんなことを言って、ひよどりを洪作のほうへ差し出した。洪作はそれを受け取った。ひよどりの体は氷のように冷たく、なんの張りも抵抗もなかった。世の中にこれほど柔らかい物体はないと思われるほど、それは柔らかく無力であった。
洪作は厄介なものを手渡された感じで、ただそれに目を当てていた。女の子供たちが顔を近づけてのぞきに来た。
「これ、毛をむしって、焼いて弁当のおかずにするんだ。」
幸夫は言った。洪作は幸夫のほうにそれを返そうとしたが、幸夫は受け取らなかった。幸夫は口では人並みなことを言っていたが、明らかに自分の獲物の処置に当惑しているふうで、
「洪ちゃ、お前にやらあ。」
と、そんなことを言った。
「おら、欲しくない。」
洪作が言うと、
「たれかにやらあ。」
幸夫は女の子供たちの顔を見渡した。洪作もいっしょに②一座の女生徒たちの顔を見回したが、だれもそれを受け取ろうとする者はなかった。
洪作は突然、はげしい泣き声が起こるのを聞いた。それはなんの前触れもなしに、いきなりひとりの少女の口から出されたはげしい泣き声であった。嬰児がときおり火でもついたようにはげしく泣き出すことがあるが、ちょうどそれに似ていた。泣いているのは
あき子であった。両の掌を顔に当て、肩を小さく波打たせながら、はげしく嗚咽していた。身も世もなく、悲嘆にくれているといった、泣き方だった。
一座の者は、突然の出来事に呆気にとられていたが、しかし、すぐあき子がなんのために泣き出したかということは理解した。そうしたことを理解させるような緊迫した空気がそこにはあり、あき子の発作をごく自然に受け取らせるようなものが、すでに用意されてあったのである。
洪作ははっとした。そしてそうしたあき子の抗議を心に痛く受け取りもし、またはなはだ迷惑にも感じた。洪作は自分がひよどりの死体を手にしていることで、あき子の非難と抗議がひたすら自分に向けられているのを感じた。
「これ返すぞ。お前のだからな。」
洪作は是が非でも、ひよどりの死体を幸夫に引き取らせようと思った。
「③俺のじゃないや、洪ちゃのわなだぞ。」
幸夫は二三歩後ずさりして言った。洪作は厄介なことになったと思った。洪作は一刻も早くひよどりの死体を自分の手から離したかったが、いまさらそれを地面の上に置くわけにもいかなかった。
「やらあ。」
また洪作は幸夫に言った。するとこんどは何を思ったのか、幸夫はそれを受け取ると、いきなり石でも投げるように、投球のモーションで、それを崖の向こうヘ投げた。そして、
「洪ちゃ、行こうや。」
そう言うと、女の子供たちの一団をそこに置いたまま歩き出した。洪作はすぐ幸夫のあとを追った。幸夫の採った解決法は必ずしも最上のものとは思われなかったが、しかし、一つの解決法であったことは事実であった。洪作は自分も早くそうすればよかったと思った。荒っぽい行為ではあったが、明らかにあき子の抗議への反発もそこにはこめられてあった。
問一①に「あき子も息をつめたような表情で、ひよどりの骸を見守っていた」とあるが、「息をつめたような表情」をしているとき、あき子はどんなことを強く感じていると思われるか。次の1から4までのうちから最も適当なものを一つ選んで、その番号を書きなさい。
1 幸夫たちの思いがけない成功へのねたみ
2 獲物が貧弱であることに対するさげすみ
3 目の前のひよどりの死体のむごたらしさ
4 まわりにいる女の子供たちのいくじなさ
問二②「一座の女生徒たちの顔を見回した」とき、洪作には何かを期待する気持ちがあったと思われるが、そこで洪作が期待したのはどんなことか。二十字程度で書きなさい。
問三③「俺のじゃないや、洪ちゃのわなだぞ。」で、幸夫は、具体的には、どういうことを言いたかったのか。それを述べようとした次の文中のア?イの内にはいる最も適切なことばを、アは本文中のことばを使って十字以内で書き、イは本文中のことばをそのまま抜き出して五字以内で書きなさい。
「洪ちゃのわな?ア?だから、俺の?イ?じゃないや。」
問四本文中の登場人物の中に、ほんとうは困っているのに口では強がりを言っている人物がいるが、それはだれか。その人物の名前を本文中からそのまま抜き出して書きなさい。また、本文中の会話の部分で、その強がりが最もよくあらわれている一文を、そのまま抜き出して書きなさい。
(香川県)
解答
問一3
問二だれかがひよどりを受け取ってくれること
問三ア にかかったひよどり、イひよどり
問四幸夫、これ、毛をむしって、焼いて弁当のおかずにするんだ
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